土を素材に成形・焼成によって作られる器・壺・置物などの工芸品。九谷焼・有田焼・清水焼・信楽焼・備前焼など日本各地に個性豊かな産地が広がります。
Japanese ceramics encompass a rich tradition of pottery and porcelain produced across the country. From the colorful overglaze enamels of Kutani ware to the refined whiteness of Arita porcelain, each region has developed its own distinctive style.
長崎県佐世保市三川内地区で生産される白磁器。16世紀末の朝鮮出兵で渡来した陶工を祖とし、江戸時代には平戸藩の御用窯として栄えた。藩窯時代に天草地方で陶石が発見されたことで技術が飛躍
愛知県高浜市を中心に生産される鬼瓦・装飾瓦の工芸品。18世紀初頭から生産が活発化し、300年以上の伝統を持つ。「鬼師」と呼ばれる職人が手彫りで仕上げる魔除けの鬼瓦のほか、家紋入りや
福岡県田川郡福智町上野地区で生産される陶器。1602年(慶長7年)、千利休から茶道の奥義を学んだ細川忠興が小倉藩主となった際、朝鮮陶工を招いて開窯したのが始まり。忠興の美意識を体現
兵庫県丹波篠山市今田町立杭を中心に生産される陶器。平安末期から続く日本六古窯の一つで、「丹波焼」とも称される。自然釉の景色と歪んだフォルムを生かした素朴な美が特徴。現在も約60軒の
石川県加賀地方で生まれた上絵付磁器。17世紀半ば、九谷の鉱山で陶石が発見され、加賀藩の職人が有田で磁器技術を習得して帰り開窯した「古九谷」に始まる。赤・緑・紫・紺青・黄の五彩を駆使
平安京の造営とともに本格的な生産が始まった、京都の陶磁器の総称。17世紀に野々村仁清が華やかな色絵磁器の様式を確立し、尾形乾山が独自の意匠で続いた。茶の湯文化と深く結びつき、繊細で
東京都台東区今戸(浅草付近)を発祥とする素朴な土焼きの工芸品。江戸時代から庶民の生活雑器・火鉢・植木鉢・土人形を生産してきた江戸の焼き物文化を代表する産地。現在は白い「招き猫」の発
三重県伊賀市で生産される陶器。7世紀後半から8世紀頃に須恵器の生産が始まり、飛鳥時代には寺院の瓦も焼かれていたとされる長い歴史を持つ。安土桃山時代に伊賀上野の藩主が茶陶として全国に
福島県会津美里町本郷で生産される陶磁器。会津若松(黒川城)の屋根瓦を焼いたことに始まり、江戸時代初期には会津藩の御用窯として栄えた後、一般の暮らしの器の生産も広がった。東北でも有数
滋賀県甲賀市信楽町で生産される陶器。742年(天平14年)、聖武天皇の紫香楽宮造営の際に瓦を作ったことが起源とされる日本最古の陶産地の一つ。粗めの土質に自然釉がかかった「焦げ」「灰
岡山県備前市伊部(いんべ)地区を中心に生産される陶器。平安末期から続く日本六古窯の一つで、釉薬を使わず1,200〜1,300度の高温で2週間以上焼成する「焼き締め」が特徴。炎と灰が
兵庫県豊岡市出石町で生産される磁器。江戸時代に地元で大量の白磁原石が発見されたことを機に、藩主の援助のもと有田から陶工を招いて磁器の生産が始まった。乳白色の白磁に染付や精緻な透かし
佐賀県・長崎県の一部で生産される陶器。16世紀頃から朝鮮半島から渡来した陶工の技術を元に発展し、「一楽二萩三唐津」と称される茶陶の名産地として名高い。素朴な風合いと土味を生かした絵
沖縄県那覇市壺屋地区で生産される陶器。17世紀後半に琉球王府が知花窯・宝口窯・湧田窯など各地の窯を現在の壺屋に統合して誕生した。釉薬を使わない「荒焼(あらやち)」と釉薬をかけた「上
福島県双葉郡浪江町大堀地区が発祥の陶器。1690年頃、相馬藩の奨励によって始まったとされる。「二重焼」と呼ばれる二重構造の器・駿馬(走り駒)の絵付け・「青ひび」と呼ばれるひび割れ模
石川県金沢市で生産される陶器で、1666年(寛文6年)に加賀藩主前田綱紀が茶の湯を奨励した際、裏千家四世仙叟宗室とともに京都から招かれた陶工・長左衛門(後の大樋長左衛門)が始めた。
徳島県鳴門市で生産される陶器。安永9年(1780年)に藩窯として磁器の生産を試みたが短期間で閉窯し、天明4年(1784年)に信楽焼の職人を招いた民窯が大谷村に設立されたのが実質的な
熊本県荒尾市・玉名市を中心に生産される陶器。寛永9年(1632年)、細川忠利が豊前から肥後へ国替えとなった際に随行した陶工・源七と八左衛門が焼物師を命じられ始まったとされる。藁灰釉
福岡県東峰村で生産される陶器。17世紀前期(江戸時代前期)に黒田藩主が筑前最初の窯を開き、当初は「中野焼」と呼ばれ磁器を焼いていたが、18世紀初めから陶器の生産に移行し「小石原焼」
大分県日田市源栄町皿山地区で生産される陶器。1705年頃、小石原焼の陶工・柳瀬三右衛門を招いて開窯したとされる。飛び鉋(とびかんな)・刷毛目・打ち刷毛目など独特の装飾技法と、藁灰釉
愛知県常滑市で生産される陶器。平安末期から続く日本六古窯の一つとして最大規模を誇り、江戸時代には急須・土管・植木鉢などを全国に供給した。現在は急須の生産量日本一を誇り、中国・宜興の
佐賀県有田町を中心に生産される磁器。1616年(元和2年)、朝鮮陶工・李参平が肥前・泉山で磁器の原料となる陶石を発見したことに始まる。日本最初の磁器として知られ、江戸時代にオランダ
京都で生まれた茶道のための陶器。16世紀後半に千利休の指導のもと、瓦師の長次郎が創始したとされる。轆轤を使わず手でこねて形成する「手捏ね(てづくね)」技法が特徴で、低温で焼成される
長崎県波佐見町で生産される陶磁器。16世紀末、大村藩主が朝鮮出兵から連れ帰った陶工によって始まり、江戸初期には磁器の生産が始まった。大阪の船着場で船客に食事や酒を提供する食器として
愛知県瀬戸市で生産される陶磁器。平安末期から続く日本六古窯の一つで、江戸時代に磁器の技術を取り入れ「染付磁器」の生産を始めた。「瀬戸物」という言葉が陶磁器全般の代名詞となるほど普及
栃木県益子町で生産される陶器。19世紀中頃に笠間焼の影響を受けて始まり、当初は藩の援助のもと日用品を生産して江戸の台所を支えた。大正13年(1924年)に浜田庄司が移り住み、民藝運
島根県江津市を中心に生産される陶器。江戸時代中期に地元職人が山口県の陶工から製陶法を習ったことに始まり、その後備前から大型甕の技術も取り入れ産地として発展した。塩蔵・味噌・醤油用の
愛媛県砥部町で生産される磁器。江戸時代中期に藩主が地元の陶石を原料に磁器生産を計画し、肥前から陶工を招いて始めたのが起源。白磁の器に呉須(コバルト)で手描きする染付文様が特徴で、厚
茨城県笠間市で生産される陶器。江戸時代中期、箱田(現・笠間市)の地元職人が信楽焼の陶工の指導を受けて窯を開いたのが始まりとされる。廃藩まで藩の保護を受けて発展し、関東最大の陶器産地
岐阜県東濃地方で生産される陶磁器の総称。今から1,300年以上前、朝鮮半島の須恵器技術が伝わったことに始まり、平安時代には灰釉陶器が焼かれるようになった。安土桃山時代に黄瀬戸・志野
佐賀県嬉野市吉田地区で生産される磁器で、有田焼・伊万里焼と同じ肥前磁器の産地として知られる。薄手で軽く丈夫な白磁・染付の日常食器の生産が盛んで、「薄くて軽い吉田焼」として家庭用食器
山口県萩市を中心に生産される陶器。1604年(慶長9年)、毛利輝元が朝鮮陶工の李勺光・李敬兄弟を招いたことに始まる。「茶碗は一楽二萩三唐津」と称されるほど茶人に愛され、淡いピンク・
三重県四日市市を中心に生産される陶器。約260年前(江戸中期)に茶人でもあった大商人・沼波弄山が「万古不易(永久に変わらない)」の願いを込めて萬古の名を付けたのが始まり。一時中断を
鹿児島県で生産される陶磁器。文禄・慶長の役で島津氏が連れ帰った朝鮮陶工たちによって始まり、400年以上の歴史を持つ。堅野系・龍門司系・苗代川系という異なる作風が生まれ、白薩摩(金彩
愛知県瀬戸市赤津地区で生産される陶器で、日本六古窯「瀬戸焼」の中核産地の一つ。奈良時代(700年頃)に焼かれた須恵器に始まり、桃山〜江戸初期に志野・織部・黄瀬戸・御深井などの釉薬技
福井県越前町で生産される陶器で、日本六古窯の一つ。平安時代末期に始まり、約900年の歴史を持つ。釉薬を使わず薪窯で焼成する「無釉焼締め」が基本で、灰や炎の作用によって生まれる自然釉
福岡県で生産される茶陶。1606年に黒田長政が朝鮮陶工の八山(八蔵)を招いて始まり、遠州七窯の一つに数えられる茶道具の名窯として知られる。「遠州好み」の侘びた美しさを持つ薄手で軽い