糸を織り合わせて布を作る伝統工芸品。西陣織・博多織・結城紬・大島紬・琉球絣など、日本全国に約70品目が経産省に指定されており、工芸品の中で最も品目数の多いカテゴリです。
Japanese traditional textiles represent the largest category of designated crafts, with over 70 types recognized by the government. From the intricate brocades of Nishijin weaving in Kyoto to the distinctive kasuri patterns of Oshima Tsumugi from Amami Oshima, Japanese woven textiles span an extraordinary range of techniques.
愛知県三河地方(岡崎市・豊田市周辺)で生産される木綿織物で、江戸時代から「三州木綿」として全国に流通した厚手・丈夫な平織り木綿。刺し子や農作業着の素材として広く使われてきた実用的な
長野県上田市で生産される絹紬織物。江戸時代初期から続く信州を代表する紬で、「三度洗うと上田紬」と言われるほど丈夫な絹織物として知られる。真綿から手で引き出した糸(紬糸)を草木染めし
古い文献から約500年の歴史が確認される、日本最西端の島・与那国島(沖縄県八重山郡与那国町)の織物。16世紀前半には既に貢ぎ物として納められていたと考えられており、戦後は漁業の網を
京都府北部の丹後地方(京丹後市・宮津市など)で生産される絹の縮緬(ちりめん)織物。1720年(享保5年)に峰山藩の絹商人・絹屋佐平治が京都から技術を持ち帰り始めたとされる。国内の絹
兵庫県丹波市青垣町で生産される木綿・麻・絹の縞織物で、江戸時代後期から農家の女性が手機で織り続けてきた生活の布。藍染めを中心とした素朴な縞模様と、手紡ぎ・草木染めによる自然な風合い
19世紀初め、古い木綿布のかすれた糸をヒントに12歳の少女が絣の技法を生み出したのが起こりとされる福岡県久留米市の綿絣織物。その後、久留米藩が産業として奨励し、絵絣や小絣など改良が
14世紀頃に南方貿易を通じてインドを源流とする製織法が伝わり、中国から養蚕技術も学んで織物が始まったとされる沖縄県久米島の絹紬。日本の紬の発祥の地とも言われ、江戸初期から明治後期ま
沙流川流域に古くから伝わり、江戸時代には沙流川流域の物産として他地域との交易が行われてきた北海道・平取町二風谷のアイヌ民族の織物。オヒョウニレの内樹皮を手績みして糸を作り幾何学的な
熊本県人吉・球磨地方で生産される絹の手織り紬で、球磨川流域の盆地で育まれた養蚕文化から生まれた。独特の泥染め・草木染めによる渋い色調と手紡ぎ糸の素朴な風合いが特徴で、大島紬・本場結
歴史は古代まで遡ることができるが、産地としての形が整ったのは17世紀後半の群馬県伊勢崎市の絹絣織物。明治・大正・昭和にかけては「伊勢崎銘仙(いせさきめいせん)」として全国的に知られ
三重県津市(旧白子地区)で生産される木綿織物。江戸時代初期から続く歴史を持ち、「お伊勢参り」の参拝客に伊勢路土産として売られたことで全国に知られた。やや厚手でしっかりとした風合いの
福島県会津若松市で生産される木綿織物。江戸時代初期から続く歴史を持ち、会津藩の産業振興策によって広まった丈夫な平織り木綿。縦縞・格子縞を中心としたシンプルなデザインで、会津の厳しい
兵庫県但馬地方(豊岡市・朝来市周辺)で生産される絹のちりめん織物。江戸時代中期に丹後ちりめんの技術が伝わり独自に発展した絹の白生地産地。きめ細かいシボと上品な光沢が特徴の高品質なち
佐賀県佐賀市で生産される独特の錦織物。金箔や銀箔を細く切ったものを経糸に用い、絹糸を緯糸に使って織り上げる特殊な技法が特徴。鍋島藩の工芸として江戸時代中期に発展し、幕府や諸大名への
奈良時代に織られていた「あしぎぬ」まで遡る歴史を持つ長野県各地の絹紬織物の総称。江戸時代初期に信州各藩が競って養蚕・紬を奨励し、信州全域が産地として栄えて毎年京都へ大量の紬が送られ
17世紀初めに薩摩が琉球を侵攻し課せられた人頭税のために織ることを強制されたことが技術向上につながった、沖縄県石垣市・竹富町の麻織物。明治末に組合が結成されて産業として盛んになった
19世紀末頃、京都西陣の夏用反物の見本を持ち帰り、十日町にあった透綾(すきや)の技術に応用して研究が進められたのが起こり。緯糸の強撚と整理法の技術研究が重ねられ、明治中頃から「明石
越後縮の絣技術が18世紀前半に定着した新潟県十日町市の絹絣織物産地。19世紀後半に経絣織(たてかすりおり)が成功して絹織物への応用が始まり、明治初期には緯絣も加わって精巧な技術が急
岩手県南部地方に伝わる裂き織り(さきおり)で、着古した布を細く裂いて緯糸に使い、地糸と組み合わせて織る「もの再生」の織物文化。江戸後期から東北の農村女性の手仕事として発展し、廃布を
鎌倉時代、博多の商人が僧侶とともに宋(中国)へ渡り、織物技術を持ち帰ったことに始まる福岡市博多区の絹織物。江戸時代に筑前藩主・黒田長政が毎年幕府へ献上したことで「献上博多」として名
13世紀頃にはすでに作られていたとされ、近世には庭や畑で育てた芭蕉の木を主婦や娘たちが自家用布に仕立てる文化が沖縄全土に広まった。その伝統を受け継ぐ沖縄県大宜味村喜如嘉の糸芭蕉布は
奈良時代に織られた麻布が奈良の正倉院に保存されているほど歴史の深い新潟県南魚沼市塩沢の織物産地。その麻織物の技術・技法を絹織物に取り入れた塩沢紬は、江戸時代に織り始められた。本塩沢
平安時代末頃から現在の八王子で絹が織られてきた歴史を持ち、室町時代後期に多摩川のほとりに来た北条氏が産業として奨励したことで産地の形が整った絹織物。明治以降は文明開化による技術の急
7世紀頃に奄美大島で始まったとされる絹織物で、18世紀初期に産地が形成され鹿児島本土にも技法が伝わった。テーチ木(車輪梅)で煮染めした後に奄美の泥田で染める「泥染め」と、締め機(し
今から約400年前、宮古島の男が嵐で沈没しかけた琉球王府の船を救い、その功績を称えた妻が心を込めて布を織り王に献上したのが始まりとされる沖縄県宮古島の麻布。手績みした苧麻を手機で織
江戸時代中期に新潟県小千谷市で養蚕とともに始まった絹紬で、江戸後期には上州や京都から生糸商人が商談に訪れるほどの産地に発展した。小千谷縮・越後上布と同じ産地で受け継がれてきたが、昭
縄文時代後期と思われる土器に布目の跡が残る、新潟県小千谷市の麻織物産地。江戸時代前期に夏衣料向けの改良が進み、緯糸に強い撚りをかけることで独特のシボ(縮み)を生み出す「縮」が確立し
埼玉県川越市で生産される絹と木綿の交織縞織物で、江戸時代後期に川越藩が奨励したことに始まる。縦糸に絹、横糸に木綿を使う交織(こうおり)により、絹の光沢と木綿の丈夫さを巧みに兼ね備え
17世紀後半に鳥取県西部の弓ヶ浜地方で自家用綿の栽培が始まり、18世紀中頃には藍玉問屋が設けられて木綿の生産が増加した産地。19世紀初めに米子・弓ヶ浜で農家の女性たちが「浜の目絣」
兵庫県西脇市を中心とする北播磨地域で生産される先染め綿織物。1792年(寛政4年)頃に始まったとされる国内最大の先染め綿織物産地で、年間生産量は国内シェアの約60%を占める。シャツ
江戸時代中期に新潟県南魚沼市塩沢で始まった絹縮み織物で、越後縮のシボある麻織物の技術を絹に生かしたのが起源。長く「塩沢お召」の名で親しまれ、塩沢紬とは別に独立した国の伝統的工芸品に
江戸時代後期に東京都武蔵村山市・東大和市周辺で始まった絹織物。正藍染めによる錦織物「村山紺絣」と玉繭による絹織物「砂川太織」の二つが1920年頃に融合して現在の村山大島紬が成立した
約1,300年前、宮中に仕える白滝姫が機織りの技を桐生の村人に伝えたのが始まりとされる群馬県桐生市の絹織物。関ヶ原の戦いで徳川家康が桐生の白絹の旗を用いたことでその名が全国に広まり
東京都青梅市・あきる野市・福生市など多摩地域で生産される絹織物。「多摩の絹」として江戸時代から発展した絹産業で、青梅縞(おうめじま)と呼ばれる縞絹が特に有名。明治以降は力織機による
青森県弘前市を中心とする津軽地方に伝わる木綿の手織り縞織物。江戸時代中期から農家の女性が冬の副業として織り続けてきた縞木綿で、津軽の厳しい冬の暮らしを支えた生活の布。シンプルな縦縞
白山麓の牛首村(現在の石川県白山市白峰地区)の地名を冠する絹織物で、平安末期の平治の乱で落ち延びた源氏の落人・大畠氏の妻たちが機織りの技を村の女性たちに伝えたのが始まりとされる。2
14〜15世紀の中国・東南アジアとの交易を通じて沖縄に伝わった絣技術を源流とし、大正時代に本格的な産地として確立した沖縄県南風原町の絹・綿絣織物。南方系の絣から生まれた幾何学文様が
山梨県富士吉田市を中心に生産される絹織物。室町時代から続く甲斐絹(かいき)の流れを汲み、富士山麓の山梨県富士吉田市が主産地。帯地・和装小物・インテリア織物に使われる高品質なシルク製
栃木県真岡市で生産される木綿織物。江戸時代初期から続く歴史を持ち、縦縞・格子縞を中心とした素朴な風合いの綿布として知られる。浴衣地・手ぬぐい・作業着地として広く使われてきた実用的な
愛知県知多半島で生産される木綿織物。江戸時代から三河木綿と並ぶ全国的な木綿産地として発展し、白木綿の晒し(さらし)加工が特に有名。清潔な白い晒し布として手ぬぐい・浴衣地・肌着地に広
江戸時代から埼玉県秩父市で生産されてきた絹の平織物で、明治41年に独自の「解し捺染(ほぐしなっせん)」技法で特許を取得し全盛を迎えた。経糸に型紙で捺染してからほぐして緯糸を織り込む
山形県米沢市で生産される絹織物。江戸中期に米沢藩の上杉鷹山(ようざん)が藩の財政立て直しのために養蚕・織物業を奨励したことが発展の契機。西陣から技術を導入し、米沢の絹織物産業を確立
古くから養蚕が盛んな茨城県結城地方で農閑期に作られ、奈良時代にはすでに朝廷に納めていた絹織物。鎌倉時代に領主・結城氏が産業保護に努め「結城紬」の名が定着し、江戸初期に信州や京都の技
石川県七尾市を中心とする能登半島で生産される麻織物。江戸時代中期から続く能登の伝統産業で、麻を素材にした夏向けの上布として知られる。縦縞・格子縞のシンプルなデザインが多く、清涼感の
平安時代以前に秦氏が伝えた機織り技術を源流とし、応仁の乱(1467年)で西軍が本陣を置いた地に職人が集まり「西陣」の名が生まれた。京都市北区を中心に生産される絹織物で、先染め糸をジ
15世紀には既に生産されていたと考えられる沖縄県読谷村の浮き織り絹・綿織物。当時は琉球王朝のための御用布とされ、一般の人々が着用できないほど格調の高い織物であった。経糸を浮かせて立
福井県越前市を中心に生産される絹の平織物。室町時代から続く歴史を持ち、現在も国内羽二重生産量の大半を占める日本一の羽二重産地。細い生糸を緻密に平織りした光沢のある白生地で、礼装用着
栃木県足利市で生産される絹・化繊織物。関東最古の織物産地として平安時代から続く歴史を持ち、鎌倉時代には「足利絹」として全国に知られた。江戸時代には銘仙・帯地・洋装地など幅広い織物を
愛知川の豊かな水と高い湿度に恵まれた環境と近江商人の活躍により、鎌倉時代から麻織物が発展した滋賀県の産地。江戸時代には彦根藩の振興によりさらに発展し安定した地場産業となり、独特の上
静岡県西部の遠州地方(浜松・掛川周辺)で生産される木綿の縞織物。江戸時代から続く遠州の綿作文化が生んだ縦縞・格子縞の実用的な平織り木綿。三河木綿と並ぶ東海地方の木綿産地として発展し
岐阜県郡上市(旧郡上八幡)で生産される絹の手織り紬で、清流長良川の源流域・郡上の豊かな自然が育んだ織物。手紡ぎ糸を使った素朴な風合いと草木染めによる柔らかな色調が特徴で、郡上踊りの
滋賀県長浜市で生産される絹のちりめん織物。丹後ちりめんと並ぶ国内二大ちりめん産地の一つで、江戸時代初期から琵琶湖東岸の長浜に根付いた白生地産業。豊かな水資源と北国街道が育む交易文化
徳島県徳島市で生産される木綿織物。明治期に徳島で生まれた織物で、強撚糸を使って織ることにより表面に凸凹(シボ)を出す独特の技法が特徴。このシボが肌に触れる面積を減らし、涼感をもたら
14〜15世紀の琉球王国が東南アジアや中国と盛んに交易を行い、その交流で得た織の技術が積み重なって生まれた沖縄県那覇市首里地区の絹織物の総称。首里王府の城下町として栄えた首里では、
滋賀県高島市で生産される麻・綿の縮み織物。「近江縮」とも呼ばれ、強撚糸を使って織り上げた後に精練・湯もみすることで布面に独特のシボ(凹凸)を出す。このシボが肌への接触面積を減らし、
室町時代から絹の貢納記録が残る東京都八丈島の絹織物。江戸時代中期以降、現代にも通じる粋な縦縞・格子縞が織られるようになった。島固有の植物(コブナグサ・マダミ・椎)で糸を草木染めし、